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「千早、改めて誕生日おめでとう。はいこれ、誕生日プレゼントだ」
「あ、ありがとうございます。開けてみても?」
「ああ。気に入ってもらえればいいんだが」
私は照れくさそうに頬をかくプロデューサーから、赤いリボンで彩られた白い箱を受け取った。
―――それにしても、誕生日か。
まともに祝われたのはいつぶりだろう。弟が居なくなる前は幸せな誕生日を過ごせていた記憶があるのだけれど。
一応両親は毎年祝ってくれているのだが、それは『親なんだから子の誕生日を祝って当然』というどこか意地じみた固定観念からくる形式的で中身の無いものだ。
そのせいか往年の誕生日の記憶はみんな同じで、それなりにおいしいケーキを食べてそれなりに無難なプレゼントを貰ったらあとは部屋に一人で居る、というなんとも侘しい記憶しかない。
だからなのか、いつも通り仕事を終えて事務所に戻った途端に耳朶を打ったクラッカーの音に、私は思わず間抜けな悲鳴を上げてしまった。
あれは不覚だった。あとで音無さんにデータを消去してもらわなければ。
本当に、765プロに来てからは初体験ばかりで戸惑ってしまう。
今日だって、友達を集めての誕生会なんて初めての経験だ。……勿論、戸惑い以上に楽しかったと言っておこう。
私の背後に堆く積んであるプレゼントには感謝以外の言葉が出ないし、
ケーキも春香と高槻さんによる合作で、今まで食べたどんなケーキよりもおいしかった。……結局、高槻さんの頬についたクリームを舐め取る役は水瀬さんに持っていかれてしまったけど。
……そう、そんな風に、さっきまでは凄く楽しかったのに。何で私は今こんなに緊張しているんだろうか?
現在、何でか、というか一部の人間によって発布されたプロデューサーのプレゼントは最後のお楽しみにしようというおせっかいが効力を発揮し、
今の私はプロデューサーの目の前で顔を真っ赤にしながら、慎重に包装紙を剥いでいる。ああ、見届け役と称して隣でニヤけている春香がこの上なく憎たらしい。
「千早ちゃん、早く開けてみてよ~」
「……なんで春香が楽しそうなのよ?」
私はニヤニヤとした視線を向けてくる春香にクサクサとした視線を突き刺してから、剥いだ包装紙を畳んで机の上に置いた。
軽く深呼吸を一つ。緩んだ頬をプロデューサーに見られないように顔を俯け、高鳴る胸を押さえつけて、私は恐る恐る箱を開けた。
「え?」
出てきたのはわっかだった。
視覚情報を得てから脳がそれを理解するまで、十秒はラグがあったと思う。
理解して、まず顔から火が出て、次に口から、うそ、とかまさか、とかいう意味の無い言葉の羅列が突いて出た。
こ、これ夢じゃないわよね……?
そう思ってプロデューサーの顔を覗き見る。照れた瞳の奥に、どこか不安そうな面持ち。私がこれを受け入れるかどうかが気に掛かるのだろう。
ああ、冗談でも何でもない、彼は真剣そのものだ。本気でこれを私に送っている。何ということだろう。何ということだろう。大事なことなので二回言った。
私は震える指でそれを手に取った。
それは首輪だった。
「千早に似合いそうなものを選んでみたんだが、どうかな?まあちょっと高かったけど……」
「え、いや、その、だからこれは」
首輪。くびわ。KUBIWA。
出てきたのはそんな名詞。何ということだろう。何ということだろう。大事なことなので四回言った。
円の形状と、質素に散りばめられた宝石のような装飾を見た時は私も誤解したが、そこで縮尺の違いに気づいた。気づいてしまった。
こんな衝撃を受けたのは我那覇さんがとんでもない着痩せ魔神だと知ったとき以来だろうか。あの時は脳髄が灰化した。
……ダメだ。プロデューサーに真意を問わなきゃいけないのに、脳機能が熱暴走で軒並みダウンしていてまともな言語が出てこない。
このままだと私は首輪とリードと裸体という三種の神器の一つになってしまうこと請け合いだ。昔着させられたスク水+マフラーより酷い。
なお、これにお好みの動物耳と尻尾を加わえたものは総じて神人の五楽と言われる。……嗚呼、私はどうやら相当動揺しているみたいね。
「や、やっぱりちょっと派手すぎるかな?素の千早はちょっと落ち着いた感じだから、いいアクセントになるかなと思ったんだけど」
「くっ!」
素の千早って……こ、この人は言うことに欠いてっ、ダレの素(はだか)が落ち着いてるって!?そりゃあ体の一部がちょっぴり凹凸に乏しいかもしれませんけど!?
スレンダーな輪郭は千早にしかない魅力だって言ってくれたあの言葉は偽りだったんですか!
私は百年に一度の9393が出たような気がするほどの眼光でプロデューサーを睨みつける。このおっぱい星人!巨乳漬け!!
「うっ……ごめんな、千早。俺なんかのセンスじゃなくて、もっと流行を取り入れたものにすべきだったよな………」
「ち、違いますよプロデューサーさん!!千早ちゃんは照れてるだけでっ、ほら視線が怖いのはいつもじゃないですか!!
ねっ千早ちゃん、別に嫌なわけじゃないよね!?」
「えっ!?え、あ、いやその、そ、そうね」
……し、しまった、やりすぎてなんだか落ち込ませてしまったみたい。春香にフォローを入れられてしまった。
項垂れるプロデューサーは尻尾が垂れ下がった犬みたいで悲哀を誘う。……だからと言って私が犬になるのはちょっと戸惑われるわけだけど。
春香が私のことをどう思ってるかについては一先ず後に回して、プロデューサーに謝らなくては。
「ご、ごめんなさい。その、こう言う物を貰ったのは初めてで、戸惑ってしまって」
当たり前だ。首輪なんてしょっちゅう貰ってたまるか。たまにファンからのプレゼントで贈られてくるけど。
「ほ、本当か……?気に入ってくれたのか?」
「はい。え、えっと、こういうものの相場はよく分からないですけど……いいセンスだと思います」
プロデューサーの顔が晴れ渡った。私に首輪を押し付けるHENTAIとは思えない無邪気さだ。
やっぱりプロデューサーの魅力はこういうやさしい笑顔だと思う。私はこの顔が好きで……いや待て私は何を考えているんだろう。
顔の紅潮をどうにか抑えていると、空気を読めない春香が口を開いた。
「じゃあプロデューサーさん、折角ですから千早ちゃんに付けてあげてくださいよ~」
「ちょっ!?ま、待って春香!こんな公衆の面前で」
「も~、千早ちゃんったら照れちゃってぇ~……かーわいいんだ~♪」
一気に顔面に血が上った。冗談じゃない。み、みんなの前でプロデューサーのペット宣言なんてそんな……。
そういうことは二人きりで……いや違う二人きりでもダメだから!そうよ、私達はもっとこう普通のお付き合いを……い、いやそれも違う!
ああダメだ考えが纏まらない!あと春香、頬を指でうりうりするのやめなさい!もうレッスン付き合ってあげないから!またズコーしても知らないからね!
「そうだな、それじゃあ千早……」
「えっ、ちょっ待っきゃっ!?」
水を打ったように静かになった春香をよそに、プロデューサーが私の手から首輪を取った。
思考の混乱のせいで完全に警戒が疎かになっている私の内面に気づきもせず、プロデューサーは私の襟元を掴むなりそこから上着をはだけさせる。
ちょっ、ちょっと待ってくださいプロデューサー!!そんな、皆見てるのにっ、そんな大胆、じゃなくて破廉恥なことをっ、だっ、ダメぇ!!
カチリ。
「あ」
間抜けな音がして、間抜けな声がして、最後に自分の中で何かが切れる音がした。
首に手をやる。慣れない感触。目線を上げる。うん似合うな、可愛いぞ千早、などとのたまいながら満面の笑みを浮かべるプロデューサー。
―――嗚呼。
私はたった今堕ちた。心も体もこの人のモノになってしまったんだ。
グッバイマイプラトニックライフ。ブランニュー私。意味わからん。もうなんでもいいです。
「……千早、おい千早?どうした?お~い?」
「………………」
……覚悟を、決めるしかない。
私はこの人のモノになったんだ。そして今、それを吝かではないと思っている自分が居る。
素直になるのよ如月千早。今こそ蒼い鳥のように飛翔する瞬間(とき)。そう、メスイヌロードという甘美な世界(そら)へ―――。
「プロデューサー」
「は、はい?」
今こそあの空へ、私は飛ぶ。未来を信じて。一度飛んでしまえば、もうきのうにはかえれない。いや、もはや戻れない二人だと分かっている。
―――だがそれがいい。そう呟いて、私は羽撃いた。
―――最後にプロデューサーと目が逢って、その瞬間(とき)私は言った。
「よ………よろしくおねがいします…………。………わん」
わん―――。
わん――――――。
わん―――――――――。
「あ、あの、千早ちゃん」
今なら7ページ無駄無駄ラッシュも余裕だ。無い胸を張ってそう言えるほど致命的に止まっていた時計の針を動かしたのは春香だった。
「なあに春香?」
「いや、あの、新たな道に一歩踏み出した千早ちゃんを、友人として祝福したいところなんだけど、っていや待って祝福しちゃダメでしょ私落ち着け!!
えーとえーと……あ、あはは。ちょっとマーメイ、じゃなくて私も混乱してるみたいで、ごめんね。とにかくそれは置いといて、一つ訂正してもいいかな」
「?」
私は満面の笑みで春香に向き合った。今なら空だって飛べそうな気分だ。いやもう飛んだ後か。フフフ私はもう手遅れね。後悔はしていないけれど。
これ以上ないほどに晴れやかな気分で、私は春香の次の言葉を待った。
「それ……チョーカーだよ?」
「え?」
「え~とね、千早ちゃんはアクセとかに興味が無いから知らないかもしれないけど、チョーカーって言う首につけるアクセサリー」
「え?」
「だからその、千早ちゃんが今想像してるような……その、ぺ、ペットの首輪みたいなモノとは違うって言うか、その……」
「え?」
何を言ってるんだこの子は。転びすぎてついに脳まですっ転んでしまったのか。可哀相に。
ね、プロデューサー?私はプロデューサーに振り向く。なんか首から、ギギギ、という錆び付いたドアみたいな音がした気がした。
「―――――――――――――――」
プロデューサーは完璧に止まっていた。戸惑いの表情を鮮明に映し出した剥製と化していた。
まるで予想外の情報量にフリーズしたパソコンみたいに固まっていた。
……なにこれ?
「え?あ?はい?あれ?ちょっと待って?え?」
「………千早ちゃん」
私の大切な友人である筈の春香が、数々のファンを虜にしたあの太陽みたいな笑みを浮かべて近づいてくる春香が、今は死神に見えた。
私の肩に手が置かれる。近くで見れば、春香の笑みは死刑宣告を告げる裁判官みたいな笑みだった。
「大丈夫。このことは誰にも言わないし、たとえ千早ちゃんが変態さんだったとしても、私は千早ちゃんの友達だから」
「待っ――――――」
春香は去った。満面の笑みのまま去った。華麗なフォームで、まるで何かを悟ったみたいに去った。
後には、皆の居る方へ戻っていった春香の背中を呆然と見詰める私とプロデューサーの剥製だけが残るのみ。
突き出した手が行き場を失って宙をさ迷う。でもそんなことはどうでもいい。今になって役立たずの脳髄が働き出す。
つまりあれか。私はチョーカーを首輪と盛大に勘違いしたと。そして場違いな覚悟と気合を込めて、プロデューサーに性癖を告白したと。
え?でも待って?それってつまり実はプロデューサーはHENTAIでもなんでもなくて、むしろHENTAIなのは私の方で、
でもでもちょっと待って、春香にもそれを聞かれたわけで、そのときの私は間抜けにも視姦もいいななんて考えていたわけで、
そうなるとつまり変態だったのは私だけで、プロデューサーも春香も清廉潔白極まりない善良な一般市民だったわけで、
待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待ってそれってつまるところ要するに、
え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え??え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?
「ちはや――――――」
固まっていたプロデューサーがこっちを見た。キリキリと緩慢な動作で気をつけの姿勢になると、
―――プロデューサーはいつものように、どこまでもやさしい笑みを浮かべた。
私の顔面が爆発した。
千早の誕生日プレゼントにチョーカーあげたら何か勘違いされちゃったでござるの巻/完
※規制で書き込めないので、もし暇な人がいたら転載しちゃってOKです。
ある日の風景7を見たとき突発的に浮かんだネタを文章化。このSSを千早の誕生日に捧げます。おめでとう!
文藻が足りなかったり千早がドMだったり爆発オチという安易な選択だったりと散々ですが、どうか許してくださいorz